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マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

日本ゴルフ界の小さな巨人
「リトルコーノ」

河野高明(こうのたかあき)は1940年、神奈川県横浜市に生まれました。
程ヶ谷CCでキャディをしながらゴルフの鍛錬を積み、1959年にプロテストに合格。
その後、1967年に関東オープンでの初優勝を皮切りに勝利を重ね、1970年には日本人初の1000万円プレイヤーになるなどトッププロとしての一時代を築き上げました。
海外戦においても確かな実績を残し、特にマスターズでの活躍はめざましく、160cm、60kgという小さな身体ながら外国人選手と渡り合う姿に“リトルコーノ”と愛称がつけられ、多くのファンを集めました。
1970年からは藤沢市鵠沼を自身のゴルフの拠点とし、マスターズをはじめとする海外ツアー、国内ツアーで活躍しました。

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

いまなお燦然と輝く
戦績の数々

プロ転向後、1967年関東オープンでの初優勝から河野高明の躍進はとどまることを知りませんでした。
1967年から1968年にかけて日本オープン・日本シリーズの2冠を達成。
その後、和製ビッグ3の一人として人気を博します。

河野プロの主な戦績
通算21勝(国内17勝 海外4勝 ※1973年以降レギュラーツアー2勝)
日本オープンゴルフ選手権競技(1968)
ゴルフ日本シリーズ(1967、1968)
関東オープンゴルフ選手権競技(1967)
マレーシア・オープン(1969、1971)
シンガポール・オープン(1972)
マスターズトーナメント
(1969年 13位 1970年 12位 1972年 19位 1973年 51位)
※1969~1973まで5年連続出場

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

藤沢ジャンボゴルフと
河野高明の歩み

藤沢ジャンボゴルフオープン後、河野高明は日々この場所で技の研鑽に努めていました。
特にトーナメント前後には、グラウンドに点在する目標に向かい、一心不乱にボールを打ち続けていた姿が印象的だったと、当時のファンは語ります。
1986年より藤沢ジャンボゴルフのアドバイザーとして参加。
自身のゴルフ人生を集約し、
「みなさまのゴルフ技術向上のお手伝いをしたい」と願う河野プロの熱い魂が藤沢ジャンボゴルフには宿っています。
練習施設の強化やジャンボパッティングワールドの開設、アプローチプレイス・バーディーの設計・監修に尽力いただきました。
その功績を讃え、1Fロビー横に河野高明メモリアルブースを開設。
優勝カップや実際に河野プロが書き込んだマスターズのスコアカードなど、貴重な品々を特別展示いたしております。

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

世界に誇るマスターズ
5年連続出場

世界中から選ばれたトップ選手だけが出場を許される夢の舞台「マスターズ」。
河野高明はそのマスターズトーナメントに5年連続出場を果たします。
さらには、1969年の初出場で13位と奮闘し、翌年1970年にはさらに順位を更新、当時の東洋人最高位の12位と快挙を成し遂げます。
マスターズの常連となりすっかり“リトルコーノ”の名を定着させた河野プロ。
成績もさることながら、河野の名をより知らしめたのは、160cm、60kgという小柄な体格とは裏腹に、外国人選手と堂々と渡り合うほどの飛ばし屋であったことにあります。
小柄な身体で限界までスイング円弧を大きくするために、独自のループスウィングを編み出します。
飛距離だけでなく、狙ったところに落とす正確さに世界の観客は魅了されていました。

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

歴史に名を残す
マスターズでの偉業

マスターズ5年連続出場、初出場で日本選手最高位を記録、それだけにとどまらず、河野高明のマスターズ人生で大きな偉業を成します。
出場しつづけた5年間で、4つのイーグルを残したのです。
特に、初出場の1969年のパー4の17番で奪ったイーグルは世界に衝撃を与えました。
毎年のようにスーパーショットを見せる姿に、“リトルコーノ”はマスターズのスタープレイヤーの中でも確かなトップ選手であるということが証明されたのです。
当時、実際にマスターズ観戦に行った関係者も「ボールが柔らかく空中に舞いカップに吸い込まれた」という表現を残しています。

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

河野高明のこだわりが息づく
「アプローチプレイス・バーディー」

飛ばし屋として知られていた河野高明ですが、一見、豪快なプレイスタイルは、緻密な訓練によって裏付けされたものだったのです。
「フェアウェイはボールの幅だけあればいい。」
そう豪語するほどに、クラブさばきに自信を覗かせていました。
マスターズでのイーグルをはじめ、ツアー優勝量産を支えていたのは、ここ一番でのアプローチの冴えでした。
「アプローチプレイス・バーディー」は河野プロが自身の経験をもとに、有効なトレーニングとなる環境を設計・監修。
生前の功績を讃え、バーディー内ポットバンカーを「MEMORIAL BUNKER」としております。

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

パターの名手河野高明が監修した「ジャンボパッティングワールド」

河野高明の卓越した技術の中でも、特筆すべきはパターです。
ガラスのグリーンと称されたマスターズのグリーンでも堂々たるパッティングのキレを見せスコアを伸ばし続けました。
その河野プロが強いこだわりをもって自ら設計・監修したのがこの「ジャンボパッティングワールド」です。
勝負を分けるのはパッティングを含めたショートゲームであると考えた河野プロ。
その技術をさらに向上させる場として この練習施設を誕生させ、生涯自己研鑚を重ねたのです。

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

世界への扉を拓いた
「299番打席」

藤沢ジャンボゴルフに新たに誕生した「299番打席」は、数々のトーナメント優勝やマスターズ5年連続出場を誇る河野高明がこよなく愛し、日々技の鍛錬に努めていた打席です。
様々なゴルフ場のレイアウトと弾道をイメージできる「299番打席」は、河野プロ唯一の指定打席でした。
力溢れるインパクトをつくるアスリート系選手だった河野プロは、特徴的な練習方法「連続打ち」でスイングを体に叩き込んでいました。
このことから現在、「299番打席」には連続打ちマシーン「スイングノーム」を搭載し、河野プロのアスリート系トレーニングを可能としています。
「299番打席」、またの名を「オーガスタ」。
壁には、河野プロがマスターズに出場した際のヤーデージブックやレコードを展示しております。
また河野プロ以外にも、日本オープンチャンピオンや賞金王になった選手など、多くの選手がこの「299番打席」からタイトルを獲得しています。
(2FプレミアムJクラブコート内)

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

第15回中日クラウンズ
出場選手寄書き皿

中日クラウンズは、1960年から現在まで続く歴史ある大会です。
とりわけ河野高明が出場したこの年は、マスターズトーナメントで2度目の優勝を果たしたゲーリープレーヤー、アーノルドパーマーといった世界ビック3のうち2人が出場して話題を集めました。

*直筆サイン ゲーリープレーヤー・アーノルドパーマー・青木功・尾崎将司・中嶋常幸他

なお、毎年中日クラウンズが開催される名古屋ゴルフ倶楽部和合コースのバンカーで使用されている瀬戸産の砂は、当練習場バンカー打席の砂と同じ物です。

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

ジュエリーBOX
~マスターズの記憶~

河野高明プロ令夫人みどり様がマスターズトーナメント開催時、出場選手に依頼をして直筆サインをいただいた貴重な品です。
外国人選手から“リトルコーノ”の愛称で親しまれていたからこそ、錚々たる選手のサインがここにあります。

*直筆サイン アーノルドパーマー・ジャックニクラス・ビリーキャスパー・尾崎将司他

マスターズ5年連続出場&リトルコーノ

日本プロゴルフ殿堂入り
~功績を永久に讃える~

河野高明プロは、その功績が讃えられ、2017年3月24日、第五回日本プロゴルフ殿堂入り式典において、陳清水、涂阿玉ら5人のプロと共に、殿堂入りを果たしました。
式典当日は、今はなき河野プロに代わりご子息が登壇され、倉本昌弘日本プロゴルフ殿堂副理事長より、殿堂入りの顕彰状とクリスタルトロフィーが贈呈されました。
檀上でご子息は、晩年までストイックにゴルフの鍛錬に努めていた父、河野高明の思い出を懐かしそうに語り、父が殿堂入りという晴れ舞台に登場することへの喜びと感謝の意を表されました。